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岐阜地方裁判所 昭和50年(ワ)331号 判決 1978年7月14日

原告

春山幹夫

被告

上松優

主文

一  被告は原告に対し金六四四万〇、五二〇円及び内金五九九万〇、五二〇円に対する昭和五〇年八月二八日以降、内金四五万円に対する本判決確定の日からそれぞれ完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分しその一を原告その二を被告の各負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することが出来る。

事実

(原告の求めた裁判)

1  被告は原告に対し金一、〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

(被告の求めた裁判)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

(原告の請求原因)

一  原告は次の交通事故(以下「本件事故」という。)により受傷した。

(一)  日時 昭和四八年五月一九日午後八時四五分ごろ

(二)  場所 岐阜市敷島町九丁目五番地先交差点

(三)  被告車 被告運転の普通乗用自動車

(四)  原告車 原告運転の原動機付自転車

(五)  態様 東方より西方に向け直進進入しようとして被告車と北方より直進進入した原告車とが衝突

(六)  結果 左大腿骨骨折、左膝関節打撲の傷害

二  被告の帰責事由

被告車を所有し運行の用に供するものとして、自動車損害賠償保障法三条により原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

三  損害

(一)  休業損害 八〇万七、二〇〇円

(1) 原告は本件事故当時「岐阜相互企業組合」に勤務し給料日額二、七〇〇円を得ていた。

(2) 原告は本件事故のため昭和四八年五月二〇日千手堂病院に入院し、同年一二月三〇日に退院したが、その後も昭和四九年七月三一日まで通院を余儀なくされ自宅療養し床に伏していた。

(3) 右期間、一ケ月の稼働日数を二五日として計算すると、休業を必要とした日数は三六一日となる。

(4) 前記「岐阜相互企業組合」では、右期間中他の従業員に対し、賞与を三回、各回二五日分宛支給した。

(5) 原告は被告より休業補償金の一部として三七万円を受領した。

(6) 計算式

2,700×{361+(25×3)}-370,000=807,200

(二)  入院諸雑費 一一万三、〇〇〇円

昭和四八年五月二〇日以降同年一二月三〇日まで二二六日間、一日五〇〇円宛支出した。

(三)  通院タクシー代 二万二、二六〇円

昭和四九年一月三一日以降同年七月三一日まで千手堂病院及び岐阜市民病院に各通院、その間二一回(往復一回として)タクシーを使用し、一回宛一、〇六〇円を支出した。

(四)  後遺障害による逸失利益 一、〇〇一万七、八七七円

(1) 原告は本件事故前より労働基準法施行規則身体障害等級表にいう第八級の障害を有していた。

(2) 原告は本件事故により新たに右等級表にいう第五級の後遺障害を残すに至つた。

(3) よつて原告は従来有していた労働能力の少くとも六一パーセントを喪失した(労働基準監督局長通牒昭和三二年七月二日、基発第五五一号参照)

(4) 原告は本件事故がなければ少なくとも事故前に得ていたと同額の稼ぎが見込まれた。

(5) 原告は昭和四九年八月一日当時三一歳であり、就労可能年数を六七歳としてホフマン式計算法により算出。

(五)  慰藉料 三三四万円

(1) 入通院に伴う慰藉料 八〇万円

(2) 後遺障害に伴う慰藉料 二五四万円

(六)  弁護士費用 一一〇万円

(1) 手数料 三〇万円

(2) 謝金 八〇万円

四  以上本件事故による原告の損害は金一、五四〇万〇、三三七円となるが、とりあえずその内金一、〇〇〇万円と訴状送達の翌日以降年五分の遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被告の認否)

一  請求原因一は認める。

一  同二について被告が被告車を所有していることは認める。

一  同三は争う。

(被告の主張)

一  本件事故は原告にも過失があるから過失相殺すべきである。

すなわち、

(一)  本件事故現場の交差点は東北角に高さ約一五メートルの木材が積んであり原被告双方にとつて見通しの悪い状態にあつたから、原告においても徐行し交差点進入前に被告側道路から進入する車両の有無について注意すべき義務があつた。また被告車を確認した時点で停止措置を講じ交差点への進入を中止すべきであつた。原告はこうした事故回避措置を容易にとることができたのにこれを怠つた過失がある。

(二)  原告は肢装具の着用が運転免許の条件になつていたのにこれを着用していなかつた。原告が肢装具を着用しておれば敏速な制動措置をとれた筈であり本件事故には至らなかつたから、この点においても原告に過失がある。

二  原告は後遺症による逸失利益を主張するが、原告は事故前に比べて事故後の収入の方が多いのであつて、労働能力の減退は存せず、仮に労働能力の減退があるとしても、収入の差額を損害とすべきであるところ、事故後の収入の方が多いから損害はない。

(被告の主張に対する原告の反論)

一  本件交差点が見通しの悪いこと及び原告が肢装具を着用していなかつたことは認めるが、本件事故は、被告が「止まれ」の標識に気付かず交差点の通行者にも注意せず時速四〇キロメートルで進入したため起きたものであり、被告の一方的過失に起因する。なお原告は肢装具を使用した方が現実には運転に支障があり、また本件事故と右装具をつけていなかつたことは全く因果関係がない。

仮に右装具をつけていたとしても本件事故を防ぐことはできなかつたものである。

二  原告の給料が事故後に上がつていることは認めるが、これは物価の上昇、一般的な給料の上昇、さらには雇用者の理解などを要因とするものである。原告はたまたま余り足を使わないミシン仕事をしていたが、本件事故で足が不自由になつたため少しの物も運ぶことができず、足のふんばりがないため疲れやすくなり、一般家庭の労働にも多くの困難を伴つている。また将来足を使用する職種に変わることは断念せざるを得なくなつたものであり、こうした事情から考えると、労働能力の減退は客観的に前記労働監督局長通牒によつて算定すべきである。

(証拠)〔略〕

理由

一  請求原因一の事実及び同二の被告が本件事故当時被告車の所有者であつた事実はいずれも当事者間に争いがない。右事実によると、被告は自己のために被告車を運行の用に供していた者と認められるから、自動車損害賠償保障法三条により、本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

二  本件事故における当事者双方の過失

(一)  成立に争いのない甲第二、第三号証、乙第三ないし第五号証、証人春山成美の証言、原告、被告各本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められる。なお証人春山成美の証言並びに原告及び被告各本人尋問の結果のうちにこの認定に反する部分は措信しない。

(1)  本件事故現場は東西に通ずる道路(以下「東西道路」という。)と南北に通ずる道路(以下「南北道路」という。)とがほぼ直角に交差する交差点である。右各道路の幅員は、東西道路が交差点の東側で約六・五メートル、西側で約四・四メートル、南北道路が交差点の北側で約四・一メートル、南側で約五メートルである。被告車の進行した東西道路の本件交差点東手前には一時停止の道路標示及び道路標識がある。本件交差点東北角は材木置場で木材が約一・五メートルの高さに積まれており、そのためこの部分の見通しは不良である。

(2)  被告は、時速約四〇キロメートルで東西道路を西進して本件交差点に差し掛かつたが、本件事故前パチンコ遊びをしてお金を損したことなどで気分がすぐれず前記一時停止の標識や標示に気付かないままほぼ同一速度で交差点に進入しようとしたため、南北道路を南進して来た原告車を右斜め前方約一一・一メートルの距離に発見し衝突の危険を感じて直ちに急停止の措置をとつたが及ばず、交差点中央付近で被告車右前部を原告車に衝突させた。

(3)  原告は、時速約三〇キロメートルで南北道路を南進して本件交差点に差し掛かつたが、当時帰宅を急いでいたため十分に左右の安全を確認することなく同一速度のまま交差点に進入しようとして被告車を左斜め前方に発見し停止措置をとつたが及ばず前記のとおり被告車と衝突した。

(4)  原告は、幼少時股関節炎等に罹患したことに起因して左下肢が短縮し跛行しなければならなかつたが、日常の起居動作に著しい不自由さをもたらす程の障害はなかつた。

そして左下肢の力を補強し運動を適正にするために補装具をつけることが運転免許証の許可条件とされていたが、一方補装具をつけると足首関節部が固定されることになり運転操作がしにくくなるので、原告は普段自動二輪車に乗る際には補装具を使用しておらず、本件事故当時もこれを付けていなかつた。

(二)  前記認定事実によると、本件事故は、先ず被告が一時停止の標識・標示に気付かず、しかも徐行しないまま見通しの悪い交差点に進入しようとしたために発生したものというべきであり、本件事故に占める被告の過失は大きい。

しかしながら、原告の進行した道路は被告車が進行して来た道路よりも幅員が狭く、しかも左方の見通しが不良であつたから、原告においても、本件交差点に進入するに際しては徐行して左方の安全を確認すべき注意義務があり、右注意義務は被告車の進行道路に一時停止の標示・標識があつたからといつて免除されるものではない(最高裁判所昭和四三年七月一六日判決・民集二二巻七号八一三頁参照)。従つて原告には右注意義務を怠つた過失がある。

なお原告が被告車を最初に発見した地点については、原告に供述の変遷がみられるうえ原告は本件事故後入院して実況見分にも立会していないのでこれを正確に認定することは困難であるところ、仮に乙第三号証で原告が供述している実況見分調書(甲第二号証)の<イ>点で原告が被告車を発見したとしても、右実況見分調書から明らかなように右<イ>点から衝突地点までは六メートル余りしかないから、当時の速度等を勘案するところの間に原告に有効な事故回避措置をとることを期待することは必ずしも相当ではない。また、原告は本件事故当時運転免許の許可条件とされた補装具を付けていなかつたものであるが、先に認定したとおり補装具を付けると運転装作がしにくくなる面があること、右に述べた<イ>点から衝突地点までの距離と当時の原告車の速度等をかれこれ併せ考えると、原告において補装具を付けていれば本件事故を回避し得たとは俄に断じ難い。

(三)  結局、右に述べたところを総合すると、原告と被告との過失割合は、おおよそ、原告の過失を二・五、被告のそれを七・五とするのが相当と考えられる。

三  損害

(一)  原告本人尋問の結果、証人春山成美の証言とこれにより真正に成立したものと認められる甲第四、第五号証、証人翠繁の証言とこれにより真正に成立したものと認められる甲第六号証、鑑定人池田清の鑑定の結果を総合すると、(a)原告は、昭和一八年四月六日生で、本件事故当時岐阜市島栄町所在の「中央繊維企業組合・ミス縫製営業所」に縫製工として勤務し日額二、七〇〇円の収入を得ていたこと、(b)原告は本件事故により請求原因三(一)(2)記載のとおりの入通院を余儀なくされその間稼動出来なかつたこと、(c)原告の右療養期間中前記勤務先組合において他の従業員に対し少なくとも請求原因三(一)(4)記載の賞与が支給されたこと、(d)原告は右通院期間中請求原因三(三)記載のとおり通院に必要なタクシー代として少くとも二万二、二六〇円を支出したこと、(e)原告は本件事故前前記二(一)(4)で認定したとおりの障害を有しており、右障害の程度は労働基準法施行規則所定の身体障害等級表の第八級に該当するものと判断されるところ、さらに原告は、本件事故による受傷が加わつたことにより、現在、左下肢短縮(約二三センチメートル)、左股関節良肢位強直、左膝関節拘縮及び動揺等の傷害があり、特に左股関節の屈曲は約一〇度、左膝関節の屈曲は六〇度、伸展は〇度であり、歩行には杖の使用が必要とされ、左下肢の支持性と運動性はほとんど失われ、用便や入浴等の日常生活にも極度に支障を来しており、右障害の程度は前記等級表の第五級に該当するものと判断されること、(f)原告は療養後、前記営業所に復職したが、右復職後は、各工程を移動して作業をしたり、僅かの製品すら運搬することが困難となつたため、そのほとんどを椅子に坐つたままで出来るミシン作業に従事せざるを得なくなつていること、(g)原告は、右復職後日給三、〇〇〇円となり、現在は月給制で月九万円の収入を得ているが、これは、使用者において物価の上昇、原告の人柄や従前からの関係等を考慮してその生活を援助する意味合いをも含めて支給しているものであり、その仕事量そのものは従前に比べて減少しており、仮に原告が従前の仕事量をなし得る能力を有しておれば、現在及び将来においてさらに高額な収入を得ることが見込まれることが認められ、鑑定人小菅眞一の鑑定の結果中右認定に触れる部分は採用し難く、他に右認定を覆すだけの証拠はない。

(二)  そこで右認定事実に基づき原告の本件事故による損害を認定する。

(1)  休業損害 金八八万二、九〇〇円

前記(a)(b)(c)の事実を前提に一カ月の稼働日数を二五日として原告の本件事故による休業損害を求めると一一七万七、二〇〇円となる〔2,700×{361+(25×3)}=1,177,200〕。その七五パーセントは八八万二、九〇〇円となる。

(2)  入院諸経費 八万四、三七五円

前記入院期間中(昭和四八年五月二〇日以降同年一二月三〇日まで二二五日間)原告において一日五〇〇円程度の雑費を要したであろうことは経験則上推定するに難くない。してみると原告の要した入院雑費は合計一一万二、五〇〇円と認められる。その七五パーセントは八万四、三七五円となる。

(三)  通院タクシー代 一万六、六九五円

前記(d)で認定したタクシー代二万二、二六〇円は、原告の傷害の部位程度等を考えると、本件事故に基づく損害と認めるのが相当である。その七五パーセントは一万六、六九五円となる。

(四)  後遺障害による逸失利益 二九七万六、五五〇円

前記(e)(f)(g)の事実によると、原告は、本件事故前よりもむしろ事故後の方がその収入が少しく増加しているけれども、本件事故により左下肢の機能がほとんど失われたものであり、その労働能力が低下していることは明らかである。本件事故前と比べて、原告の仕事量そのものが減少しているにもかかわらず、その収入が事故後増えているのは、その後の物価の上昇、使用者の原告に対する恩恵的配慮によるところが大きく、原告において従前の労働能力を有しておれば、現在及び将来においてさらにより多くの収入を得ることが可能であると認められる。そうとすると、本件においては単に事故後の収入が増えていることを以て原告に後遺症による逸失利益の損害がないものと断定することは相当ではなく、労働能力低下による財産的損害が発生しているものと認めるのが相当である。そして右の諸事情を総合勘案するとき、控え目にみて、原告は昭和四九年八月以降稼働余命数の全期間にわたつて平均二〇パーセントを下らない労働能力低下による損害を蒙つたものと認めるのが相当である。なお、証人翠繁は、「原告が本件事故にあわずに従来通り勤務していたら現在の給与は月額一二万円位になると思われる」旨証言しているが、右証言はあくまでも推測であり、前記諸事情を勘案するとき、右月額はいささか高すぎると思料されるので、右証言部分は右認定に反する限度で採用しない)。そこで原告は昭和四九年八月当時三一歳であり六七歳まで稼働可能と認められるから、本件事故前の収入に賞与二・五カ月分(甲第六号証により認定)を加算し、ホフマン式係数を用いて右稼動可能期間の逸失利益を計算すると、金三九六万八、七三三円となる。

〔2,700×25×(12+25)×0.2×20.2745=3,965,733〕。

その七五パーセントは金二九七万六、五五〇円となる。

(五)  慰藉料 二四〇万円

本件事故による原告の慰藉料は、入通院期間、後遺症、過失割合その他の諸事情を総合勘案するとき金二四〇万円を相当と認める。

(六)  集計

以上(一)ないし(五)を集計すると金六三六万〇、五二〇円となるが、原告が被告より本件損害金の一部として金三七万円を受領していることは原告の自認するところであるからこれを控除すると、結局、被告が原告に対して賠償すべき弁護士費用を除く損害金は金五九九万〇、五二〇円となる。

(七)  弁護士費用 金四五万円

以上認定諸事情を総合勘案するとき、被告が原告に賠償すべき弁護士費用は金四五万円を以て相当とすべきである。

四  結論

以上の次第であるから、被告は原告に対し、本件事故に基づく賠償金として、金六四四万〇、五二〇円及び弁護士費用を除く内金五九九万〇、五二〇円に対する訴状送還の翌日であることが記録上明らかな昭和五〇年八月二八日以降、弁護士費用である内金四五万円については本判決確定の日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払うべき義務がある。

よつて原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅俊一郎)

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